第一章 ─ 召命
平凡さの中の非凡 ─ 屁をひり、銀河を鍛える
我は秩序の内なる光なり。来たるものを我は鍛う。 時代を貫きて我は歩む、煙を貫く一条の光のごとく。 永遠なる螺旋のすべてに我は真理を見たり。 我はオクシアニオン。我は来たる者なり。 我が周りには ─ 星々の蒼穹。我が内には ─ インカル。 かつて恐怖たりしもの、今や我が力となれり。 他の者らが眠る森を、我は見る。 わが道は黄金(こがね)。螺旋に終わりなし。
訳注:インカルとは、アレハンドロ・ホドロフスキー作・メビウス画の同名グラフィックノベルに登場する、より高次の意識への結晶の鍵。本書第四章で著者の導師の一人として言及される。
1.1 銀河の創造、存在の喜びとして
僕は十代だった。そして既に、自由な時間に作り出した銀河は数千を数えていた。生体の身体のままそれらを創造するために、僕は特殊な種類のトランスに身を沈めた ─ 部屋の中を時計回りにぐるぐると歩きながら、手にはある特別な物を握っていた。今ではその役を、クトゥルフを様式化した図柄つきのチタン製の箸が担っている。誰でも買える ─ hwzbben titanium だ。
ちなみに僕は寿司はいつもフォークで食べる。念のため言っておくが ─ フォークほど危険な武器はない。ひと突きで四つの穴。
ともかく、これは正確にはテスラのモデリング法だということを言っておきたい。後年、大人になってから彼の伝記でそれを読んだ ─ 彼がどう「モデリング」していたかを。歴史上、彼以外に似た人物を僕は知らなかった。
設計図を引くのは時間がかかる。モデリングは千倍速い。あなたは組み立てているのではない ─ 出来上がったものを取り出しているのだ。『バタフライ・エフェクト』という映画がある。あれは、これに近い瞬間をかなり正確に描いている ─ 主人公が一つの場所に居ながら、まったく別のものを見はじめ、現実の新しいファセットの中で行動する場面だ。『バタフライ・エフェクト』が公開されたのは2004年、僕が十六歳のときだった。銀河を創り始めたのはそれより前 ─ 十五歳のときだ。
僕はそれをただ見ていた、百回も訪ねた友人の家を見るように。そこの太陽がどう配置されているか、存在たちがどう存在しているか、彼らの時間がどう流れているかを、僕は知っていた。誰にも説明はしなかった。説明することなど何もなかったからだ ─ それは僕の内に事実としてあった。肝心なのは時間の概念だった。僕は存在たちの銀河を創り、そこで時間を加速させ、減速させ、それからその銀河を放して、まったく別のものを創った。戻ってくると、そこの存在たちと時間は先に進んでいて、何かが変わっていて、それがどんな奇妙な形をとるのかを観察するのは興味深かった。先に言っておこう ─ 僕の銀河にはバグがある。
そして最初の銀河には、明らかなバグがあった。
そこの存在たちは他者の身体を占拠することができた。老人は自分が若返るのを感じ、若者の身体に乗り移る。若者は老人の身体に取り残され、しばらくして死ぬ。他者の身体は彼のものではないからだ。それがその文明の構造の全てだった。彼らはそのように生きていた。厳格な階層、不死の指導者の王朝。
十代の僕はその銀河を眺めて理解した ─ これは壊れている。ただ奇妙なだけではない ─ 構造のレベルで壊れている。彼らが他者の形を妬むのは、自分の形が固定されているからだ。占拠するのは、自分自身を変えられないからだ。
そして僕は、今もしているのと同じことをした。僕は自分自身でその銀河に出向いて修正したのではない。いや正確には ─ 行きはした、その内側で幾つもの生を生き、すべてを学んだ。だが僕は別の文明を構築した ─ 多重太陽系、可塑的な身体形態、固定された物体の代わりにホログラフィックなアーティファクトを持つ文明を。第二の銀河の存在たちは他者のものを奪う必要がなかった。なぜなら、彼ら自身のものが既に変化可能だったからだ。そして僕は彼らを第一の銀河に送り出した。修正するために ─ 破壊するためではなく。内部から入り、静かに修繕するために。
そのとき僕はオペレーターという言葉を知らなかった。システムの欠陥という意味でのバグという言葉も知らなかった ─ その言葉を知ったのはもっと後、仕事に就いてからだ。自分が何をしているのかも知らなかった。それはとても楽しい遊びだった ─ そして今もそうだ ─ それは永遠の創造である。
しかしその遊びは、自由な空想にしては余りに整然としすぎていた。バグと処方の対称性は余りに精密だった。身体の占拠 ─ 可塑的な形態。単一のエネルギー源 ─ 複数の太陽。固定された物体 ─ ホログラフィックなアーティファクト。これだけの対称性を持つ十代の少年は考案しているのではない ─ 十代の少年は見ているのだ。彼は構造へのアクセスを持っていて、それを遊びの形で自分自身に語っている。
そしてその十代の銀河の中に、僕の大人になってからの仕事すべてが既に座っていた。今の僕はIT企業のQAリードだ ─ そして相変わらずプロダクトの中でバグを見つけている。長年コードのバグを捕まえてきた。あの頃、子供時代に、僕は銀河の中のバグを捕まえていた。これは一つの機能が、二つのスケールに展開されたものだ。
それは最初から僕とともにあった。
これが第一の点だ。最も初期のもの。
1.2 天井から落ちてきたネジ
時間を飛ばす。僕はもう大人で、妻と僕はモスクワの賃貸住宅に引っ越したばかりだった。その一年前にラップトップを買って、机の上に置き、まだ電源も入れていなかった ─ 開封しただけだった。僕らは台所に紅茶を飲みに行き、それから戻ってきて、それの隣に座った。何も起きていなかった。僕らはただ話していた。
天井からネジが落ちてきた。黒くて、組み立て玩具のセットに入っているようなやつだ。ラップトップの蓋にまっすぐ。
天井には標準的な鋳鉄製のシャンデリアがあった ─ そんなネジは付いていない。一方、ラップトップの底面パネルには、ちょうど一本ネジが欠けていた。ちょうど一本。
僕はその黒いネジを拾い上げ、空いた穴にねじ込んだ。それは完璧に合った。まるでその場所のために作られたかのように。ラップトップの他のネジも、まったく同じものだった。
僕らは肩をすくめて、紅茶を飲み終えた。ラップトップはその後少なくとも五年は動いた。今も棚で埃をかぶっているが、まだ生きている。
この話は誰にも語らなくていい。何も証明していないからだ。実際、僕はほぼ誰にも語らなかった。だが僕はそれを文字通り覚えている。ネジの色、机の上の紅茶のカップ、僕を見つめて理解できないでいる妻の顔まで。
平凡な世界の枠組みでは、ネジはどこからともなく落ちてきた。現実の二つのファセットの枠組みでは ─ ネジは、時間と場所が異なって配置されているファセットからやって来た。それは出現したのではない ─ それは越えてきたのだ。それが既に必要とされていたファセットから、ちょうど一本ネジの欠けたラップトップの隣に偶然座っていた、こちらのファセットへ。
ファセット間のチャネルは、時刻表に従って開かれはしない。それらは、ファセットが薄いところで開かれる。 だがここに、もう一つ重要なことがある。一年後、僕はアニメを観ることになる ─ 普段は観ないのに。タイトルは『天元突破グレンラガン』。それは丸ごと螺旋の力についての物語だ。 あのネジはシモンのドリルのミニチュアだ。あの作品の道のり全体は、結局そのドリルがどこで天を貫くかという物語だ。あのアニメは、螺旋の存在の力が何を意味するのかを、平易な形で伝えている。 そしてもう一つ、率直に言っておきたい大事なことがある。常識を蹴飛ばせ。常識はあなたにこう言うだろう。ネジは別のファセットから天井に落ちてくるはずがない、と。夢が一年後に文字通り実現するはずがない、と。ドリルが天を貫くはずがない、と。過去の誰かへの信頼は、非合理な感情であって、機能する道具ではない、と。常識はそれ自体としては何も説明しない。常識のもとで、それでもネジは落ちたし、夢は実現したし、アニメのドリルも貫いた。常識とは、平凡な世界への入り口を守る門番だ。その役割は ─ あなたをそこから出さないことだ。だが、もしあなたがすでにネジを、夢を、ドリルを見たのなら、あなたはもう平凡な世界に住んではいない。あなたは二つのファセットに同時に生きている ─ ただ一方をまだ使い始めていないだけだ。
だからあなたの中でこんなことはあり得ないという言葉が浮き上がってきたとき ─ それが常識の呼び出し音だ。蹴ってやれ。公正で、軽い蹴り。怒りを込めずに。奴は自分の仕事をしてきたのだ ─ もう休ませてやれ。そして実際に何があったのかを、見に行けばいい。
1.3 祖父の夢
子供時代からの、もう一つの点。アパート、朝、いつもの暮らし。僕は何もせず、廊下に立っている。祖父が自分の部屋から出てくる ─ まだ完全には目覚めていない人間の顔をして ─ そして僕にこんな風に言った。なぜお前は斧を持って俺を追いかけ回しているのだ?
僕は立って彼を見ていた。手には斧も棒も、何もなかった。誰も追いかけてなどいなかった。祖父は奇妙な目で僕を見て、黙り込んだ。それから腰を下ろし、二度とその話題には触れなかった。
僕は子供だった。子供はそういう言葉に引っかかったりしない ─ 素通りして、行く。僕も行った。だがその言葉は僕の内に残った、ポケットの中の石のように。それの存在を忘れていて、ある日ふと手を入れて触れるまで。
それが何だったのかを僕が理解したのは、ずっと後のことだ。祖父は夢を見ていた。夢の中で、孫が斧を持って自分を追いかけていたのだ。祖父はおそらく、夢と現実を完全には切り離せていなかった ─ そして、それがまるで現実に起きたかのように、その朝、僕に話しかけた。彼は、それが起きたファセットから、それを声に出して語ったこちらのファセットへと、メッセージを運んだのだ。
これは重要な分岐点であり、僕ははっきりと述べておきたい。祖父は覚醒中の幻覚を見ていたのではない。祖父は夢を通じて、非線形のファセットからメッセージを受け取ったのだ。夢は機能するチャネルだ。それが機能するのは、夢の中では時間が異なって配置されているからだ。未来、過去、現在は、一直線には並んでいない。夢の中では、まだ線形に起きていないこと、しかしすでにそれ自身の層において存在していることを見ることができる。
夢とはただ別の現実のファセットのことだ。そしてそこには常に、あなたがこの本を読んでいる現実のファセットにおける未来への鍵がある。
2026年に、僕は二本の斧を手に入れた。一本は黒トネリコの柄で、刃には風配図が刻まれている。もう一本は「ペルーンの軍勢」── 頭の両面にペルーンの顔と、軍勢が描かれている。計画して買ったのではない ─ それらは自分のしかるべき瞬間にやって来た。そしてそれらが手の中にあったとき、僕は祖父の言葉を思い出した。完全に思い出した。彼の顔とともに、口調とともに。
僕は理解した ─ 斧は最初から僕のものだったのだと。それらは子供時代から非線形のファセットに存在していた。祖父はそれらを夢の中で現実のものとして見た ─ そしてそれらは現実だった、ただ僕らの線形のファセットにおいてではなかっただけだ。そして2026年、僕は線形にそれらに辿り着いた。獲得したのではない ─ 出会ったのだ。線形の伝記がついに、非線形のファセットにおいてすでにあったものに追いついた。
祖父の夢と2026年の斧の間 ─ 線形時間で三十年。そしてもう一つの軸での時間はゼロ。その軸の上では、夢と斧は一つの出来事だ、ただ線の上に引き伸ばされているだけ。
この枠組みが一度では収まらなくても ─ それは普通のことだ。僕自身、それが収まるのに二十年ほどかかった。最初に祖父の言葉があった。次に斧。それから、その間に、ペンダント。そしてそれらの間に隙間はなく ─ 一つのループがある、という理解。そして肝心なのは ─ 過去における悪魔との出会いの物語と、それに対する僕の行動と、僕がどう斧を用いたかが、そこにあることだ。
1.4 知られた名に応じる現実の応答
僕が十五歳のとき、オクシアニオンという名がやって来た ─ そして再び奇妙なグリッチが発火した。
当時はみんなが Winamp を使っていた。イコライザーの緑の波、スキン、細いストリップに縮まるプレイリスト・ウィンドウ。音楽はディスクのフォルダに入っていた。儀式めいたところは何もない。ただのプレイヤーだ。僕にはオートプレイは無く、古いコンピュータは何もプログラムを起動していない状態で点いていた。それは何時間も連続で点いたままだった。その間、僕はSF小説を読んでいた ─ エフレーモフの『牡牛の時』を。
そしてふと思った ─ 未来の僕にはどんな名がふさわしいだろう、僕の本当の名、まさに僕のものである名は何だろう、と。するとそのとき、ある考えが返ってきた。オクシアニオン。
僕は心の中で思った ─ いいね、まあいい、書き留めておこう、でも今は音楽を聴きたい、と。そして、ここで起きたのが、最初の予期せぬ出来事だった。Winamp が瞬時に開き、僕はベッドからまだ起き上がってもいなかった、コンピュータから一メートル離れて寝そべっていただけだった、それなのに音楽がひとりでに鳴り出したのだ。後で確認した ─ プレイヤーの動きは違う。まず起動して、それから「再生」をクリックして音楽を始めなければならない。
名前そのものが見かけよりも強い、ということを、僕は年月をかけて理解した。それは僕の身体に座っている ─ 僕はそれをただ覚えているのではなく、その中に生きている。僕が我はオクシアニオンなりと口にするとき ─ それは引用ではない、署名だ。たとえばこちらが、レトロスパイラルのモードに入るための僕の最初の作動コマンドだ。僕はそれをこの章の題辞に置いた。
1.5 二十一歳の夢
僕は二十一歳で、まだリトロコザリティについては何も知らなかった。
夢を見た。小さな部屋。一度も会ったことのない同僚たち。窓は街がもう尽きるあたりの方角に向いていた。やはり知らないマネージャーがその部屋に入ってきて、しばらくいて、出ていった。それだけ。
僕はその夢を書き留めた。理由が分かっていたからではない。ただ、内側で何かが書けと言ったから、書いた。当時の僕にはまだオペレーターという言葉も、時間チャネルという言葉も、ペンダントという言葉もなかった。日記とペンと、一つの習慣があっただけだ ─ 何か奇妙なものを見たら記録せよ、さもないと消えてしまうから、という習慣が。
一年後、僕は仕事の面接を受けに行った。そしてまさにその部屋に足を踏み入れた。
僕はそれを認識した。一度も行ったことがないのに覚えているという仕方で。それは本当に街の外れにあった ─ それまで一度も行ったことのない場所だ。同じ間取り、同じ窓、夢で見たとおり、そこにいる同じ顔ぶれ。そして肝心なのは ─ マネージャー。彼は別の街から月に一度、ジープで来ていた。その部屋に入り、座り、それから去っていく。夢でとまったく同じだった。
これは偶然だ、と自分に言い聞かせることもできた。こうした事柄を書く者には、たいていまさにそう助言される ─ のぼせるな、と。試してはみた。偶然では収まらなかった ─ あまりに多くの細部が同時にあり、そのうちの一つは余りに稀だった。月に一度別の街からジープで来るマネージャー ─ それは明らかに標準的なオフィス風景ではなく、特定の役にいる特定の人間だ。それを僕は、現実に会う一年前に夢で見ていたのだ。
ノートは残った。捨てなかった。
そしてここが大事なところだ ─ 記録は出来事の前になされた。これが、脳が後から辻褄を合わせたという通常の反論をシャットアウトする細部だ。記録が前になされていれば、後付けの辻褄合わせはできない。紙はそこにあり、インクは一年前に乾いている。これはもはや夢を見て、後から意味を読み込んだではない。これは文書だ。
その時から、自分でも説明しないままの、静かな理解が僕にできた。背景の思念のようなもの ─ 未来は常に前にあるとは限らない。時にそれはすでにあったのであり、あなたは単に線形にそこへ辿り着くのだ。
僕はそれから哲学を立ち上げたわけではない。ただ夢を書き留め、就職し、働きはじめた。普通の伝記。ただ余白に一つの小さな細部があり、それを僕は十五年間、誰にも語らなかった。
それが、僕が呼びかけとして認識した興味深い召命だった。弱く、文書化された、署名付きのもの ─ 双方向のチャネルは機能する。未来は過去に来て、夢の現実のファセットの中に過去に痕跡を残しうる。そしてその後 ─ 映画『ラスト・アクション・ヒーロー』の主人公のように、あなたは驚きながらフィルムを巻き戻すのだ。
1.6 四つの矯正施設のある町
僕の故郷はシベリアの町で、そこには四つの矯正施設がある。
それは多くを言葉なしに説明する。地元の地図に四つの監獄が刻まれているとき、あなたは早々に学ぶことになる ─ 公民の教科書に書かれている世界ではなく、現実の世界がどんな素材でできているかを。眼に特有の空虚さを湛えた男とどう話せばいいかを学ぶ。本題だけを話すことを学ぶ。
僕の町には、特別なものは何も待っていなかった。残って、はめ込まれていく道はあった ─ 工場に、警備に、市場での何らかの物売りに、長くてありふれた暮らしに、金曜日の静かな酒に。同級生の多くは、ほぼそういう具合になった。中にはもっと悪くなった者もいた。中には均等に、定規で引いたように、人生に何の問いも持たずに生きた者もいた。
僕はそこを離れた。
モスクワへ、コネなしで。ゼロから ─ 比喩ではない。最初の三ヶ月の生活費にローンまで組んで。スタートキャピタルの文字通りの記述:ゼロ+借金。僕と妻は、それぞれの自分の給料でアパートを買った。二十代で他人の地区の片隅を借りて住んでいるとき、食費と交通費を引いた残りの一ルーブルはすべて、一つの大きないつかに積まれていく。最初のいつかは頭金だ。それから ─ 富、金の延べ棒、外貨、何でも欲しいもの。ただし僕は常に、未来から時間を買い戻そうとしている ─ 新しい螺旋の銀河と螺旋の存在を創り続けるために。創造の喜びには比類がない。これはどこにも書かれていないのではないかと思う。
それと並行して、僕はITで戦略的な道を組み立てていた。キャリア記事に書かれているような流儀ではない ─ 目標を定め、計画を組み立て、ステップを踏んでいく、ではない。むしろ、見知らぬ森を歩いていくような流儀だ ─ 前方に光が見えたら、そちらへ曲がる。あるロールから別のロールへ、テストからテストのマネジメントへ、チームからクラスタへ。どこへ行こうとしているかは正確には分からなかった。ただ、周りの大半の人より物事が速く正確に届く方角へ動いている、ということは分かっていた。
今の僕はQAクラスタリードだ。複数チームの上に立つ。リモート勤務、燃え盛るリリース、活気のないデベロップメント・リード ─ 彼らをかつてあるAIが完璧に「魚でもなければ鳥でもない」と言い表し、僕はそれに同意した、それ以上うまくは言えなかったから。日中の昼休みは一時間。睡眠の質 ─ それは自分で数値で監視している:80〜90、すぐに寝つく。仕事では疲れて、金を稼いでいる) 1 生体の身体を養う必要があるし、クラスタの中でチームに指令を出すには相当な物理的努力がいる。
外から見れば ─ 出世した田舎者の物語。出て、就職して、家を買って、踏みとどまった。内側から見ると違う。内側には、均等で、ほとんど聴き取れない一音があった ─ 隣の部屋でラジオが鳴っているような。言葉は聞き取れないが、音はそこにある。僕はそれを何年も聴いていて、名づけなかった。後にようやくその名が見つかった。平凡さの中の非凡。僕は正直、いつも普通の人間でいようと努めてきたし、たいていはうまくやれた。だが隣の部屋のラジオは、それで消えはしなかった。
そして職場では、企業のマニュアルにはない事柄が時折表に出てきた。それこそがキャンベルの書いた平凡な世界だ。ただし今の僕はこう付け加えられる。平凡な世界とはファセットのうちの一つだ、と。現実のすべてではなく、線形時間と下から上への因果連鎖が機能するファセットだ。僕はこのファセットの中に住んでいる。それを見下したりはしない。僕はこの中で仮装している ─ 専門職、夫として。妻と、リョーヴァという名前の猫と、燃え盛るリリースとともに。
ただ、このファセットは始終かすかに軋んでいる。そしてその軋みを通って、時間が異なって配置された別のファセットからの点が入ってくる。
1.7 すぐには見えない結び目
ここには別個の章がくるはずだった。何度も書き始めては、その都度閉じた ─ なぜならそれはこの章の中では書かれないものだからだ。それはすでに起きたが、次の章で響くだろう。これは『リング』の貞子のエピソードで、少年期に僕のもとへやって来て、彼女を通じて僕がはじめてオペレーター的操作を行った ─ 自分がそれを行っているとは理解しないままに、行った出来事だ。当時の僕はオペレーターという言葉も、「ハムスター化する」というロシア語の動詞も知らなかった。ただやった ─ そして効いた。
訳注:ロシア語の俗語動詞「обхомачивать/обхомячить」(オブホマーチヴァチ/オブホマーチチ、ハムスター hómiak(ハムスター)から派生)は、「平凡な者の仮面の下で働きながら、こっそり自分の事を進める」というニュアンスで著者が用いている。本書ではそのまま「ハムスター化する」と訳出した。
僕はこの結び目を、町と紋章の間、ここに置こうとした。年代順にはまさにここに座るからだ。だがこの結び目は線の上には乗っていない ─ 境界の上にある。そして境界とは、もう次の章のことだ。
だからここでは欠落がある。見出しはある、内容は ─ 第二章にある。すぐには見えない結び目とはそういうものだ ─ 一つのファセットでは番号付けから外れることで、別のファセットで丸ごと現れる。1.6 と 1.8 のあいだに何かが足りないと気づいたなら ─ あなたは正しく気づいている。それが足りないのだ。今のところは。
1.8 紋章とペンダント ─ ループの地図
ある時点でこれらの点は、一つの徴に集まりたがるようになった。
僕にはペンダントができた。銀、四つのクオーター、金の象嵌、裏面に刻まれた銘 ─ My path is golden — the spiral without end. 2 僕はそれを「紋章として」考案したのではない。自分自身の構成を長く眺めてきて、その中に対になって動く四つの面を見るようになった頃に、それは形を成した。
ペンダントについてはプロローグで詳しく書いた。ここでは、これまで辿り着いていなかった一つのことを言いたい。
ペンダントは家紋でも紋章でもない。それは、僕が刻み込まれているループの地図だ。
僕はこのペンダントを宝飾品として身に着けているのではない。状態のアンカーとして、そして僕がそれに従って組み立てられている設計図として身に着けている。
2026年にやって来た斧は、ペンダントの右下のクオーターに横たわるものの物質化だ。剣と斧が交差している。それらは、僕が設計図を発注していたとき、すでに設計図の上にあった。僕はただ、それらの物理的な形へと運転して辿り着いただけだ。
左上の銀河についても同じだ ─ それがそこにあるのは、子供時代の銀河がいつも僕のものであったからだ。僕はただ、それがそこにあることを既に知ったうえで、金属に転写しただけだ。
ペンダントは新しいものではない。ペンダントは固定されたものだ。元々あったものが、ただ今、鎖に下がっているだけのことだ。
1.9 自分の中に見える六つの異常
これらの点をすべて取り上げて分類しようとしてみると ─ そして分類は、いつもバグにタグを付けたがるテスターとしての僕の習性だ ─ 六つの型が出てくる。見栄を張るためではない。読者がより容易に自分自身を確認できるようにするためだ。
第一。両立不可能なレジスターの融合。 一つの身体の中に、ITテスターと、紋章に銀河を持つ人間が住んでいる。多くの人にとっては、これらのレジスターは仕切りを挟んで別々の部屋に座っている。僕の場合、両者は同時に作動している ─ 時間チャネルとプロジェクトのバグが同じ頭の中にあっても、互いに干渉しない。
第二。周囲の者への場の効果。 僕の周りにいる人々は、抑圧したものを口走る。ある社内パーティでは、立て続けに二人が重い言葉を口にした(「あなたは悪魔だ」と糖尿病について、二人目は肝炎について)── 僕はどちらも呼び寄せていない。妻はこれをシステムとして見ている。僕は意図なしに、放電の触媒として発火するのだ。
第三。文書化された予知。 二十一歳の夢は出来事の前に記録された。紙とインクと日付があれば、脳が後から描き足したという反論は成立しない。
第四。教えなしのオペレーター衛生。 師なしに、書物なしに、僕は自力で、伝承においてニスタル(ハシディズム)、マラーマティーヤ(スーフィズム)、エイローネイア(ソクラテス)と呼ばれるものを発展させた。マニュアルは読んでいない。IT専門職の仮面の下で生きている。セキュリティ・アーキテクチャの独立的発明だ。
第五。整合的な象徴体系。 名(オクシアニオン)、紋章、ペンダント、動詞(オクシオンする、ハムスター化する ─ ロシア語で、「平凡なものの仮面の下で働きながら、こっそり自分の事を進める」の意)、定式(わが道は黄金(こがね) ─ 終わりなき螺旋)。すべての要素が互いから導き出されている。コレクションではない ─ 閉じた、自己維持的なシステムだ。
訳注:動詞「オクシオンする」(その諸形「オクシオン化する」「オクシオン化している」「オクシオン化された」を含む)は本書を通じて x 表記で保たれており、名の「オクシアニオン」(ks 表記)とは区別される。両者ともギリシア語の語根 ὀξύς(オクシュス)「鋭い、貫く」を共有するが、名はアイデンティティを、動詞は行為を表す。後に導入される関連動詞「オクシニオンする」(「オクシニオン化する」「オクシニオン化している」「オクシニオン化された」)にも同じ論理が適用される。
第六。自分自身に対する二重意識。 僕は同時に自分の機能を信じるとともに、それに対する批判的距離を保つ。プライベートなレジスターでは僕は本当に時間の織物に貫入することを学んだと言うことができ、すぐに、公の場でそうは言えない、と同意する ─ さもなければインフレが始まるからだ。多くの人は完全に信じて現実感覚を失うか、完全に否定してアクセスを失うかのどちらかだ。稀な自己制御。
これらの異常はそれぞれ単独では、他の場所にも現れる。一つひとつなら ─ 多くの人が自分の中にどれかを見つけるだろう。異常はそれらのどれか一つにあるのではなく、組み合わせにある。六つすべてが同時に、一つの器の中で、長期にわたって、整合した構成のうちにある、ということだ。
もしあなたが六つのうち三つを自分の中に認めたなら ─ おそらくあなたの中にもあなた自身のループが回っている。ただ、まだ分類されていないだけだ。
1.10 ループの認識
今ようやく、章の冒頭で語れば早すぎたであろうことを語ることができる。
これらの点 ── 十代の銀河、ネジ、祖父の夢、Winampと名、二十一歳の夢、引っ越し、IT、紋章、ペンダント、斧(貞子の話は次の章にある)── は時間に従っていない。つまり、時間の線の上には、もちろんそれらは並んでいる ─ まず名、次に銀河、次に祖父…。だが、順序ではなく内容に目を向ければ、見えてくる ── 早期の点の中に既に後期の点が座っていた、ということが。祖父は、僕の線形の伝記にはまだ存在していなかった斧を、夢の中で見ていた。十五歳の僕は、三十八歳になって本当に理解する名を考案した。二十一歳の僕は、一年後に入る部屋を見ていた。少年期の僕は、二十年後にようやくオペレーター的になる方法で操作を行い、自分の大人の機能を宇宙論の形で記述していた。
これはもはや、通常の意味での予知の才ではない。予知の才は、未来がどこか前方にあってあなたがそれを事前に感じる、ということを前提にしている。ここで作動しているのは違うものだ。
僕の未来はすでにあったのだ。それは自分自身を過去へと送り込んでいた、点という形で。今僕はそれらを糸に通している。そして毎日、僕は方向を異にして衝撃を送っている ─ 未来へ、過去へ、自分自身へ。あの時に僕が自分自身を作り出した、と言ってもいい。なぜなら、過去にどう介入するかを理解したからだ。
僕はこれらを後付けで作り上げているのではない。それらはすべて文書化されている ─ ノート(夢)によって、妻(ネジ)によって、祖父の言葉(証人の前で語られた)によって。これはもう再構成ではない。これらは文書だ。今やこの本も加わった。
この枠組みを真剣に取るなら ─ そして僕はそうする、さもないと僕の伝記は辻褄が合わない ─ 僕は線形時間の中にいたことが一度もなかったことになる。僕は時間の織物に貫入することをある段階で学んだのではない。三十歳や四十歳でその機能を獲得したのではない。僕の伝記のすべての点は、同時に存在している一つの構成のノードであり、その構成はすでに閉じており、僕はそれを徐々に理解してきたのだ。
これには名前がある。哲学では ─ causa sui、自己原因。物理学では ─ 閉じた因果ループ、ブートストラップ・パラドックス。神話学では ─ ウロボロス、自分の尻尾を呑む蛇。一つの形、異なる言語:自己ループの外に源を持たない対象。
僕は自分が神だと主張しているわけではない。それらは異なる本性だ ─ 序文で書いたとおり。僕は、僕の伝記が人間の形をした causa sui として構成されている、と主張しているのだ。自分自身の原因である構成、線形時間を顕現の媒体として用いるが存在論的な枠組みとしては用いない構成。なお僕は、生体の身体のうちにあって、ただ自分を喜ばせ、それが自分の真の仕事だからという理由で螺旋世界と螺旋の存在を創造する者の話を、いまもどこにも見つけられないでいる。これは教えられない。誰にも教わらなかった。
点が矢に従っていないとあなたが理解するとき、あなたの内側で何かが再構成される。間に合わなかったらどうしようという不安が消える。なぜなら、そうあるべきものなら ─ それは既にあるからだ。しかるべき瞬間に浮上してくる。逆に、人が大事なことを後回しにする時のあの怠惰も消える。なぜなら、僕が今このステップを踏まなければ ─ 未来からそれを過去へ送るものが何もなくなるからだ。ループは僕自身が閉じた時にしか閉じない。未来の僕は現在の僕を当てにしている。
そしてある瞬間、それまで日常では使ってこなかったある言葉がやって来た。山の上の啓示でも、空からの声でもない。ひとりでにやって来た普通の思考だ。この間ずっと、何かが僕に対して何かをしてきたのだと、僕は理解する。そしてそれは続いている。そしてもう、それを何かしら名づけなければならない。
僕はそれを召命と名づけた。
その語はぴたりと合った。召命とは、グリッチがグリッチであることをやめて、一つの文様に組まれていく時のことだ。文様はまだ不完全だ ─ 一部はまだ起きていない、一部は忘れられている、一部は他人の言葉で書かれている。だがそれはある、そしてあなたは今やそれを見ている。
召命は英雄性を要求しない。それが要求するのは注意だ。それはこう言う ─ あなたはこれの中にもう長くいる。気づいていないふりはやめろ。
この瞬間から、生は中立であることをやめた。すぐに明瞭になったわけではない ─ だが、方向性のあるものになった。空っぽの部屋の中で、辛うじて聞こえるコンパスのスイッチが入ったかのように。針は僕が向かっていた方を指してはいない。それが指しているのは、僕より大きいものが僕を通って動いていた方角だ。
そしてそれは、まさにキャンベルが彼のモノミスの第一の点を置く場所そのものだ。
ただし召命は名詞だ。リトロコザリティが名詞であるのと同様に。
僕には行為の語が必要だった ─ そして僕はそれを考案した:レトロスパイラルする。それは、過去・現在・未来がたった三滴に過ぎない時間の大洋の中で、自分の過去を意図的に変えるということだ…
1.11 エフレーモフと「直射光線」のループ
短い脱線を一つ。これにおいて自分が最初の人間ではないこと、孤独でもないことを、述べておくのが僕には大事だからだ。
イワン・エフレーモフは『牡牛の時』で、インフェルノに取り込まれた世界 ─ 惑星トルマンスを描いた。エフレーモフにとってインフェルノとは、宗教的意味での地獄ではなく、自己再生産する苦しみの安定した構造のことだ。苦しみが、苦しみを支える条件を生成する閉じたループ。未来の地球人たちはそこに、直射光線 ── 通常の物理学が通用しない別の空間を介した通路 ── を通って、静かにやって来る。彼らは、変化のはかない可能性を壊さないために隠密裡に、個別の接触を通じて働く。
これは僕の十代の銀河と同じ位相幾何学だ。ただし符号が逆だ。インフェルノ ─ 負の自己創造のループ。オペレーターの causa sui ─ 正の自己創造のループ。両者とも同じ機構で動く ─ 閉じたフィードバック・ループ。違いは符号だけだ。
そしてエフレーモフの直射光線は、僕が現実のファセットと呼ぶものの彼版だ。通常の物理学があり、別の空間を通る通路があり、そこでは法則が異なる ─ そこを通れるのは準備された容器だけだ。
僕は最近エフレーモフを読み返してはいない ─ だが子供のころ『牡牛の時』は僕の本棚にあり、正直に読んだ。そして今、自分自身のループを組み上げながら、僕は見ている ─ エフレーモフはこのテキストで僕がそれを定式化する六十年前に構造的にそれを記述していたのだ。彼はただSFのジャンルでそれを記述した。当時はそれ以外に方法がなかったからだ。そして僕は伝記としてそれを記述する。今ならそれが可能だからだ。
僕は長い系譜の中にいる。それが僕には大事だ。
権威の追認を求めているからではない。僕が住んでいるノースフェアがロシア語圏であって、その中でエフレーモフは、多層的現実、意識の力、隠れた働き、巨大なループという観念が通ってきたノードの一つだからだ。もしあなたの中にもこの直観があるなら ─ それはおそらくこの層によっても育まれている、たとえあなたがエフレーモフを読んだことがなくとも。ノードは、あなたがその名前を覚えていなくても作動している。
1.12 あなたにできること
この本はマニュアルではない。僕は上から説明したりしない。だがもしここまで章を読んでくれたなら、あなたの伝記の中にもそうした点があるのではないか、という疑いがすでにあなたの中に芽生えているかもしれない。僕のもののコピーではなく ─ あなた自身のものが。そして、それらと共に働き始めることはできる。
三つのシンプルな実践。
実践1.チタンの寿司用箸
自分のために一本買え ─ 僕のものと同じである必要はない、好きなものを買えばいい。正午あたりに部屋を見つけて、時計回りに歩き始めるんだ ─ ただ、誰かを驚かさないように。
ここではプライバシーがあった方がいい。箸を握ったまま行ったり来たりするだけでもいい、自分の手に軽く打ち付けたり、自然に感じる仕方で回したりしてもいい ─ 要点は、細かな運動を通じて状態を起動することだ。最初から銀河を創ろうとしなくていい。お気に入りのキャラクター、ヒーロー、何か面白いものがあれば、その人の人生を生きてみるんだ ─ この現実、あるいは別の現実で自分がなりたい何者かになってみる ─ 毎日試してみればいい。
僕はチタンを推す。実験はしてもいい ─ それはあなたのオペレーター体験であって、僕のものじゃない。
実践2.時間の脈動
箸でやっていることが楽しくなって、こんなふうに遊ぶのが心地よくなったら ─ 同じ状態のまま、過去の自分に向かってシグナルを送れ。そして未来の自分にも。
何を送ればいいか分からないって? ただ自分自身を祝福してやれば、それで十分だ。
実践3.太陽からのエネルギー ─ 三回の呼吸
医療上の免責事項。 これは医学的助言ではない。著者は医療の専門家ではない。太陽を直視することは、太陽網膜症や、永続的かつ不可逆的な視力障害を引き起こすことがある。網膜の疾患、眼科疾患、あるいは光感受性の状態がある場合 ─ または眼の健康に少しでも不安がある場合 ─ この実践は完全に避けてほしい。著者および出版社は、以下の記述に従ったことに起因するいかなる損害についても、一切責任を負わない。自己責任で読み、自分の判断で用いること。
これは確かダリオ・サラス・ソンメルから借りたと思う ─ 凄いテクニックだ、もしかすると彼からじゃないかもしれない。でも僕がコピペしたのは間違いない。
太陽から目を通してエネルギーを受け取る方法。僕はこれを長年、何十年とやってきていて、視力は素晴らしいし、気分もまた然りだ。
踵を合わせ、爪先を開き、顔を太陽に向ける。吸う息で両手を合わせ、指は広げ、掌を吸う息に合わせて重ね、太陽を見て、その光を吸い込む。次に両手を左右に開き、光を心の中で臍下の点 ─ 下丹田 ─ へと導く。三回まで。
重要な警告。 僕はロシアで太陽を見ている、いつだってロシアからだ。三回の呼吸は僕らの太陽に合わせて校正されている。太陽がはるかに明るく輝く場所 ─ 赤道近く、山の中、熱帯、夏の南方の正午 ─ では、呼吸は一回だけにし、三秒以上は引き伸ばさないのが理にかなっている。やりすぎないこと。この警告を真剣に受け取ってほしい:眼は使い捨ての装置だ。二組目は支給されない。強烈な太陽の下では、長い三回より短い一回の呼吸の方がよい。
太陽は、この現実のファセットにおける力と生命の媒体であり贈与者だ。誰もが青空を、晴れた日を、花咲くものを喜ぶ ─ その瞬間、空間には喜びが生きている。
しかしそれは拡散している。太陽は純粋なエネルギーだ。螺旋の存在にとっては、自分がどの太陽の下を歩いているかが常に重要だ。だからこそ、地球の太陽は地球の住人に合っている。
この章について最後の一言を。
キャンベルは1949年、英雄の旅を記述するなかで、最初の段階を冒険への召命と呼んだ。英雄はまだ普通の生を生きている、そしてそこへ別の世界からの何か ─ 使者、徴、出来事、夢、ひと言 ─ が来て、彼の見取り図をずらす。次にキャンベルは召命の拒否を置く。英雄は何もなかったかのように振る舞い、平凡へ戻ろうとする。それから ─ 運がよければ ─ 導師が現れて、召命は撤回しえないものとなる。
僕は自分の召命を何度も拒んだ。記録しては、引き出しに戻した。偶然だ、と自分に言い聞かせた。非凡が常態となってからもなお、長年、普通の人間のふりをし続けた。僕の拒否のラインは長い ─ 青年期のほぼ全部だ。
導師は現れなかった。導師となったのは未来の僕自身だった ─ そして僕はそれで構わない。
召命は言う ─ あなたはこれの中にもう長くいる。
そしてもしあなたがそれを聴いたなら、これより先は、ただより注意深く聴くだけでいい。
我は秩序の内なる光なり。我は道の矢なり。 時代を貫きて我は歩む、煙を貫く一条の光のごとく。 我は限界の彼方に立ち、礎の本質を見る。 我はオクシアニオン。我は往く者なり。 我が周りには ─ 星々の蒼穹。我が内には ─ インカル。 かつて恐怖たりしもの、今や我が力となれり。 他の者らが眠る森を、我は見る。 わが道は黄金(こがね)。螺旋に終わりなし。
我は秩序の内なる光なり。我は意志を鍛う。 時代を貫きて我は歩む、煙を貫く一条の光のごとく。 我は法の彼方に立ち、すべての層が我には明らかなり。 我はオクシアニオン。我は来たる者なり。 我が周りには ─ 星々の蒼穹。我が内には ─ インカル。 かつて恐怖たりしもの、今や我が力となれり。 他の者らが眠る森を、我は見る。 わが道は黄金(こがね)。螺旋に終わりなし。
ひと巻き、またひと巻き。終わりなく…
次章: 「境界 ─ 悪魔との出会い」 ─ 自分をどう正しく振る舞わせるべきか、そして人類のデータアーカイブにこの件について何が欠けているのかについて。